子どもの癇癪やパニックに、来る日も来る日も向き合い続けてきた家庭には、それぞれの試行錯誤と、そこから見えてきた気づきがあります。
たとえば、
- 学校に理解されず、家庭だけで抱え込んだ時期があった
- 「困っているのは自分ではなく、子ども自身なのだ」と気づいた瞬間があった
- 何を試してもうまくいかず、途方に暮れた経験がある
- 声かけや見守り方を変えたことで、少しずつ変化が見えてきた
- 一人で戦っているように感じていたけれど、子どもも同じように戦っていた
- 今振り返ると、あの頃の自分に伝えたいことがある
といった経験です。
癇癪やパニックに向き合ってきた家庭の物語には、同じ道を歩む保護者への大切なヒントが詰まっています。
私は協会の事務局長として、延べ5万人以上の保護者・支援者が学ぶ場の運営に関わる中で、癇癪やパニックに向き合ってきた保護者の言葉には、知識だけでは得られない、実感のこもった深さがあると感じています。
当協会が主催している意見交換会に参加された方の事前アンケートを見ても、癇癪やパニックに向き合った経験に関する声は、数多く見られました。
この記事では、一般社団法人 人間力認定協会が開催する意見交換会に寄せられた721名の自由記述をもとに、子どもの癇癪やパニックに向き合った家庭の声を紹介していきます。
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目次
本記事で紹介している一次情報について
本記事では、児童発達支援士の意見交換会に参加された方から寄せられた自由記述をもとにしています。
| 項目 | 内容 |
| 実施主体 | 一般社団法人 人間力認定協会 |
| 対象 | 児童発達支援士 意見交換会の参加者 |
| 有効回答数 | 721名 |
| データ取得期間 | 2021年7月~2026年5月 |
| 回答形式 | 自由記述 |
| 主な回答者属性 | 保護者、保育士、教員、療育施設スタッフ、支援員、祖父母など |
| 質問1 | 児童発達支援士を受講した理由は? |
| 質問2 | さらに深めたい知識はありますか? |
| 質問3 | 協会にどんな活動を期待しますか? |
| 質問4 | 発達障害児支援に関するエピソード |
| 分析方法 | 自由記述内で多く語られた言葉や文脈をもとに整理 |
今回の記事では、主に癇癪・パニックに向き合ってきた家庭の実体験に関する自由記述を中心に扱います。
自由記述を見ると、癇癪やパニックに向き合ってきた家庭の体験として、次のような内容が見られました。
- 学校に理解されず、家庭だけで抱え込んだ時期があった
- 「戦っているのは子ども自身」と気づいた瞬間があった
- 見守り方や声かけを変えたことで、変化が見えてきた
これらの声からは、癇癪やパニックへの向き合い方は、一朝一夕に見つかるものではなく、試行錯誤と気づきの積み重ねの中で、少しずつ形になっていくものであることが分かります。
癇癪・パニックに向き合った3つの体験

自由記述を整理すると、癇癪やパニックに向き合ってきた家庭の体験は、大きく3つに分けられます。
ここからは、それぞれについて、実際の声も交えながら見ていきます。
① 学校に理解されず、家庭だけで抱え込んだ時期があった
学校側に理解や体制が十分でないと感じ、家庭だけで子どもと向き合わざるを得なかった時期を経験した保護者もいます。
実際の自由記述にも、そうした時期に関する声が見られました。
長男(小学校2年生)は発達障害グレーゾーンで、幼稚園では理解ある先生方のもと過ごしてきました。就学前相談にも参加し、小学校は普通学級へ入学しましたが、小学校1年生の夏休み前に担任の先生から「見れません」と言われ、2年生からは発達学級へ進級しました。普通学校での約半年間の付き添いは、インクルーシブ教育なんて夢物語なんだと痛感し、学校教育へ期待することはあきらめ、家庭内での療育を重視しなくてはと考えました。長男はパニックに陥ると、大声で大泣きしてしまいます。我慢は難しく、困難を感じています。
この声からは、学校からの理解が得られなかったことで、保護者が家庭内での支援に大きく重心を移さざるを得なかった経緯が伝わってきます。
- 学校側の「見れません」という言葉は、保護者にとって大きな失望につながることがある
- 学校への期待を一旦手放し、家庭での対応に集中する選択をする保護者もいる
- 一つの環境でうまくいかなくても、別の環境(発達学級など)で子どもに合った場が見つかることもある
- 「あきらめる」ことは、必ずしも後ろ向きな選択ではなく、家庭でできることに集中する前向きな決断でもある
学校での理解が得られなかった経験は辛いものですが、その経験をきっかけに、家庭での関わり方を見つめ直す保護者の姿があります。
>学校の先生との関係が原因で起こる二次障害|保護者の声と理解のための知識を整理
② 「戦っているのは子ども自身」と気づいた瞬間があった
癇癪やパニックへの向き合い方が大きく変わるきっかけとして、「困っているのは保護者ではなく、子ども自身なのだ」という気づきがあったという声が見られました。
実際の自由記述にも、そうした気づきに関する声がありました。
自閉スペクトラムとADHDの診断がおりている長男の子育ては、本当に大変なものでした。いろんな保護者の方に頭を下げたり、私だけ特別に授業を見学しに行ったりもしました。ですが、本人もとても一生懸命頑張ろうとしていました。決して相手を傷つけたかったり、困らせたかったりしていた訳ではありませんでした。そんな出来ない自分に傷つき、苛立ち、どうしたらいいのか分からず混乱してパニックになる…悪循環の渦の中に一人で立って戦っているようでした。その戦いの中に、私も共に立ちたいと思ったのです。
この声からは、癇癪やパニックを「困った行動」として見ていた視点から、「子ども自身が必死に戦っている姿」として見る視点への転換があったことが分かります。
- 癇癪やパニックの裏には、本人なりの一生懸命さがあることが多い
- 「困らせよう」という意図がないことに気づくと、関わり方が変わってくる
- 「一人で戦っている」子どもに、保護者が「共に立つ」という姿勢を持つことができる
- この気づきは、保護者自身の心の負担を軽くすることにもつながる
「困った行動」ではなく「一生懸命戦っている姿」として捉え直す視点は、癇癪やパニックへの向き合い方を大きく変える転機になります。
③ 見守り方や声かけを変えたことで、変化が見えてきた
試行錯誤を重ねる中で、見守り方や声かけを変えたことで、子どもの様子に変化が見えてきたという体験も見られました。
実際の自由記述にも、そうした変化に関する声がありました。
昔は、娘が癇癪を起こした時は、私自身が一番困っていてどうにかしなければと思っていましたが、一番困っているのは本人という認識を持てるようになったので、寄り添うようになりました。言葉でなんとかしようと必死でしたが、言葉よりも私の支援の態度を変えるよう意識したら、前より話してくれるようになりました。
注意力散漫な息子は、学校の準備物一覧を本人用に作っていても準備の途中で他のことに気を取られ、戻ってきた頃には何処までしたか分からず一からやり直すを繰り返し、時間内に間に合わないと癇癪を起こして大暴れすることが多かったです。何度も声かけされることも癇癪の原因になっていると感じていたのでtodoリストボードを作って、準備が出来たら一つずつ「できた」にチェックを入れて確認出来るようにしたところ、2~3ヶ月たつ頃には自分で最後まで準備が出来るようになりました。
これらの声からは、言葉での説得や声かけの回数を増やすことよりも、態度を変えることや、視覚的な工夫を取り入れることが、子どもの変化につながった様子が見えてきます。
- 「言葉で何とかしよう」という発想から離れることで、関係が変わることがある
- 視覚的なツール(todoリストなど)が、癇癪の予防につながることがある
- 変化には数ヶ月単位の時間がかかることも多い
- 小さな工夫の積み重ねが、着実な変化につながっていく
見守り方や声かけを変える工夫は、すぐに結果が出なくても、時間をかけて確かな変化をもたらすことがあります。
>絵カード(PECS)を使ったコミュニケーション支援の基本|言葉が出ない子の心に寄り添う「伝わった!」の成功体験
それぞれの家庭に、それぞれの物語がある
癇癪やパニックへの向き合い方について、「これが正解」という一つの方法はありません。
自由記述に登場する家庭の物語からは、それぞれの家庭が、それぞれのペースで、その子に合った関わり方を見つけてきた過程が見えてきます。
- 家庭によって、向き合い方や気づきのタイミングは異なる
- 他の家庭の物語は、正解の押し付けではなく、ヒントとして受け取る
- 自分の家庭の物語も、他の誰かにとってのヒントになりうる
- 一つの方法がうまくいかなくても、別の方法を試してみる価値がある
他の家庭の体験談に触れることは、自分の家庭に合った答えを見つけるための、大切な手がかりになります。
「戦い」から「共に立つ」への転換
癇癪やパニックへの向き合いは、時に「子どもとの戦い」のように感じられることがあります。
しかし、多くの自由記述から見えてくるのは、その「戦い」を、子どもと保護者が「共に立つ」ものへと捉え直していく過程です。
- 子どもを「困らせる存在」ではなく「共に困難と向き合う存在」として見る
- 保護者一人の戦いではなく、子どもと二人三脚での歩みとして捉える
- この視点の転換が、日々の関わり方を穏やかなものに変えていく
- 「共に立つ」姿勢は、子どもにとっても大きな安心感になる
「戦い」を「共に立つ」ものへと捉え直すことは、癇癪やパニックへの向き合い方を大きく変える、静かで大切な一歩です。
癇癪・パニックに向き合った体験の整理
| 体験の傾向 | 大切にしたい視点 |
| 学校に理解されず、家庭だけで抱え込んだ時期があった | 家庭でできることに集中する選択も、前向きな決断として捉える |
| 「戦っているのは子ども自身」と気づいた瞬間があった | 「困った行動」ではなく「一生懸命戦っている姿」として見る |
| 見守り方や声かけを変えたことで、変化が見えてきた | 言葉より態度、視覚的な工夫など、方法を柔軟に見直す |
家庭での関わりを整えるために役立つ学び
子どもの癇癪やパニックへの向き合い方は、発達特性だけでなく、環境・関わり方・本人の感じ方や経験など、さまざまな要因が複雑に関係しています。
そのため、「どう向き合えばいいか分からない」と感じたときは、保護者だけで抱え込まず、発達支援に関する知識や考え方を少しずつ学んでいくことも大切です。
実際には、
- 発達障害や感覚特性に関する書籍を読む
- 療育施設や支援機関に相談する
- 保護者会や経験者の声を参考にする
- 専門資格や研修で体系的に学ぶ
など、さまざまな学び方があります。
大切なのは、「子どもを無理に変える方法」を探すことではなく、子どもの特性や困りごとの背景を理解し、少しでも子どもと「共に立つ」関わり方を見つけていく視点を持つことです。
一般社団法人 人間力認定協会の「児童発達支援士」でも、
- 発達特性の理解
- 行動の背景を読み解く視点
- 環境調整の基本
- 保護者支援やコミュニケーション
- 家庭や支援現場で活かしやすい支援の考え方
などを体系的に学ぶことができます。
「完璧な支援」を目指す必要はありません。
まずは、”なぜこの行動が起きるのか”を知ることが、癇癪やパニックと穏やかに向き合っていく第一歩になります。
Q&A|子どもの癇癪やパニックに向き合った家庭の体験に関するよくある質問
Q1:学校に理解されないとき、家庭だけで対応しなければならないのでしょうか?
学校側の理解が得られない時期があっても、家庭での対応に集中することは、決して後ろ向きな選択ではありません。別の環境(発達学級など)で、その子に合った場が見つかることもあります。
Q2:「困っているのは自分ではなく子ども」という視点は、どう持てばよいですか?
癇癪やパニックの裏に、子ども自身の一生懸命さがあることを意識してみることが助けになります。「困らせよう」という意図がないことに気づくと、関わり方が変わってくることがあります。
Q3:声かけを増やしても、癇癪が減らないときはどうすればよいですか?
言葉での説得を増やすより、態度を変えたり、視覚的なツール(リストや絵カードなど)を取り入れたりすることが、変化につながる場合があります。
Q4:工夫してもすぐに変化が見られないとき、諦めたほうがよいですか?
変化には数ヶ月単位の時間がかかることも多いです。すぐに結果が出なくても、続けていくことで、着実な変化が見えてくることがあります。
Q5:他の家庭の体験談は、自分の家庭にも参考になりますか?
参考になります。ただし、正解として押し付けるのではなく、ヒントとして受け取ることが大切です。自分の家庭に合った方法を見つける手がかりにしてください。
まとめ|癇癪やパニックへの向き合いは、「戦い」から「共に立つ」へ
当協会が主催している意見交換会に参加された方の事前アンケートを見ると、癇癪やパニックに向き合ってきた家庭の、さまざまな試行錯誤の物語が見えてきました。
自由記述では、
- 学校に理解されず、家庭だけで抱え込んだ時期があった
- 「戦っているのは子ども自身」と気づいた瞬間があった
- 見守り方や声かけを変えたことで、変化が見えてきた
といった声が見られました。
癇癪やパニックへの向き合い方に、決まった正解はありません。
それぞれの家庭が、それぞれのペースで試行錯誤を重ねながら、「戦い」を「共に立つ」ものへと少しずつ変えていく過程にこそ、他の家庭にとっても大切なヒントがあります。
【注意事項】
この記事で紹介している内容は、一般社団法人 人間力認定協会が開催する意見交換会に参加された保護者・支援者の実際の声をもとにまとめています。子どもの特性や発達の状況、家庭環境、支援との相性、感じ方には個人差があり、すべての子どもに同じ変化や結果が見られるわけではありません。支援方法や対応について判断する際は、必要に応じて医師・専門家・支援機関などと相談しながら進めてください。この記事は、保護者や支援者が理解や選択の参考にするための情報としてご活用ください。


