幼稚園や保育園、認定こども園では、子どもたちは日々、たくさんの「遊び」を通して社会のルールや決まり事、お友達との関わり方をのびのびと学んでいます 。
しかし、小学校に入学するとその環境はガラリと変わります 。遊び中心の生活から、基本的には「教科書」を使用し、椅子に座って45分間の授業を受けるという「学習中心」の生活へと移行するからです 。
「うちの子、45分間もじっと椅子に座っていられるかしら」
「環境が大きく変わるけれど、先生の話にしっかりついていけるだろうか」
入学を控えたお子さんを持つ保護者の方にとって、我が子が小学校でつまずいてしまわないかという心配は、尽きないものではないでしょうか 。
今回は、9年間にわたり現場で子どもたちを見守ってきた元幼稚園教諭の視点から、近年話題になっている「小1プロブレム」の実態、園生活の中で見えてくる「入学後につまずきやすい子の特徴」、そして家庭で今から少しずつ実践できる2つのアプローチについて、わかりやすく解説します 。
目次
この記事でわかること
- 学校生活に馴染めなくなる「小1プロブレム」の概要と、園との環境の違い
- 国が定める「5領域」や「10の姿」から見る、つまずきのサイン
- 園生活の中で見られる、入学後につまずきやすい子の4つの具体的な行動特徴
- 入学までに家庭で無理なく整えておきたい「生活習慣」の5つのチェックポイント
- 授業や集団行動をスムーズにするための「コミュニケーション」5つの土台
- 「もしかして特性?」と迷ったとき、大人が心に留めておきたい視点
「小1プロブレム」の原因と、園と小学校の決定的なギャップ

引用元:文部科学省 「幼児期の教育と小学校教育の接続について」
小学校に入学したばかりの新1年生が、集団行動をとれなかったり、授業中に落ち着いて椅子に座っていられなかったり、大人の話を静かに聞くことができなかったりする状態が数ヶ月間続くことを、教育現場では「小1プロブレム」と呼びます 。
なぜ、このような状態が起きてしまうのでしょうか。文部科学省のデータを見ても、その背景には「環境や関わり方の急激な変化(ギャップ)」が強く影響していると考えられています 。
- 園生活の環境(丁寧な個別援助):
遊びを主軸としながら、これから行う活動について先生が丁寧かつ時間をかけて説明をします 。子どもの実態に合わせて、必要に応じて個別の援助や促しを行う関わり方が基本です 。 - 小学校の環境(一斉の集団行動):
一度の説明でクラス全員が一斉に行動することが求められ、周りの子どもたちと同じペースで物事を進めていく場面が圧倒的に多くなります 。時間の区切りも厳格になり、教科書に向かって自立して学ぶ姿勢が必要になります 。
この「手厚いフォローがある遊びの空間」から「一斉行動を求められる学習の空間」への急激な変化に対応しきれず、脳がオーバーフローを起こしてしまうことが、小1プロブレムの大きな要因なのです 。
参考文献:学びの場.com 意外と知らない”保幼小接続”(第1回)「小1プロブレム」の予防、連携から接続へ
実践1|園生活で見えてくる「入学後につまずきやすい子」の4つの特徴
国(文部科学省・厚生労働省)では、幼児期から小学校教育への接続が円滑に行われるよう、園生活の中で育んでほしい発達のねらいとして「5領域」や、幼児期の終わりまでに育ってほしい「10の姿」を以下のように定めています 。
●園生活の中で育んでほしい発達のねらい「5領域」
- 健康
- 人間関係
- 環境
- 言葉
- 表現
●幼児期の終わりまでに育ってほしい「10の姿」
- 健康な心と体
- 自立心
- 協同性
- 道徳性・規範意識の芽生え
- 社会生活との関わり
- 思考力の芽生え
- 背全との関わり・生命尊重
- 数量や図形、標識や文字などへの関心・感覚
- 言葉による伝え合い
- 豊かな感性と表現
参考文献:厚生労働省 幼児教育部会とりまとめ(たたき台案)構成
園の先生たちは、これらの視点を持って子どもたちが遊びを通じて力を伸ばせるよう関わっていますが、日々の集団生活の中で「ここが少ししんどそうだな」と感じるお子さんは、小学校入学後にギャップに苦しむ可能性が高くなります 。
私が9年間の幼稚園教諭時代に、現場で「つまずきやすいかもしれない」と感じた具体的な行動の例は、主に以下の4つです 。
① 人の話を最後まで聞けずに、割り込んで話を始めてしまう
先生やお友達が話している最中に、自分の思いつきや衝動を抑えられず、「ねえねえ!」と会話を遮って自分の話をし始めてしまう姿です 。小学校の一斉指示を聞き漏らす原因になります 。
② 自分の思いを言葉にして伝えることが難しい
自由な遊びやトラブルの際、先生や周りのお友達に対して「こうしてほしかった」「これが嫌だった」という気持ちを適切な言葉で表現できず、手が出てしまったり、泣き叫ぶことでしか表現できない状態です 。
③ 相手の立場に立って考えることが難しい
「これをしたらお友達がどう思うか」「今、みんなは何をしている時間か」という周囲の状況や相手の気持ちへの想像力が未熟で、自分のやりたい衝動のままに突き進んでしまう姿です 。
④ 活動中、椅子に座り続けることが難しく動いてしまう
みんなで絵本を見たり、お話を聞いたりする短い時間であっても、体幹がグラグラして姿勢を保てなかったり、離席して別の興味のある場所へふらふらと動いていってしまう様子です 。
これらの様子が頻繁に見られる場合、45分間の一斉授業が始まった際にお子さん自身が「どうしていいか分からない」「苦しい」と感じてしまうリスクが高くなります 。

引用元:文部科学省「幼児期の教育と小学校教育の接続について」
実践2|入学までに家庭で整えておきたい「5つの生活習慣」

小1プロブレムやつまずきを予防するために、家庭でできることはたくさんあります 。まず最初に取り組みたいのが、すべての基盤となる「生活習慣の自立」です 。
生活習慣は学校でゼロから身につけるものではなく、毎日の家庭生活の積み重ねが主となるからです 。入学までに以下の5つの項目を意識してみましょう 。
①早寝早起きで生活リズムを整える
睡眠不足の状態では、学校で45分間集中して先生の話を聞くことが物理的に不可能です 。まずは正しい睡眠リズムを最優先に作りましょう 。
②自分の持ち物の用意を1人で行う
ランドセルへの教科書の出し入れや、ハンカチ・ティッシュの準備など、「自分のことは自分でする」という自立心を、家庭の小さな片付けから育てます 。
③お箸を正しく持ち、使うことができる
給食の時間は園に比べて短く、時間内に自分で食べきらなければなりません 。手先のコントロールをスムーズにしておくことは、本人の焦りを減らします 。
④鉛筆を正しく持つことができる
入学後すぐに文字の学習が始まります 。間違った持ち方が癖になってしまうと、後から矯正するのに多くの時間と本人のストレスがかかってしまいます 。早い段階から丁寧に見守りましょう 。
⑤1人で着替えをし、脱いだ服を畳むことができる
体育の時間の着替えなど、周りと同じペースでテキパキと着脱し、自分の机の周りを整理整頓する力の土台となります 。
参考文献:Gakken こそだてまっぷ
これらを一気に完璧にさせようとするのではなく、毎日の習慣の中で「できた!」という成功体験を増やせるよう、大人が少しずつ見守りながら応援していくことが大切です 。
入学前の生活習慣チェックリスト
| 確認したい項目 | 家庭での目安 |
| 早寝早起きができている | 毎日ほぼ同じ時間に就寝・起床できる |
| 自分で持ち物の準備ができる | ハンカチやティッシュなどを自分で確認できる |
| お箸を使って食事ができる | 給食を想定して無理なく食べ進められる |
| 鉛筆を持って書くことができる | 名前や簡単な文字を書く経験がある |
| 着替えや身支度ができる | 脱いだ服を片付けるところまで行える |
実践3|学校生活を支える「5つのコミュニケーション」

小学校では、言葉を介して情報を正しく受け取り、自分の状況を伝える力が、授業についていくためにも、お友達と良好な関係を築くためにも不可欠です 。入学までに身につけておくと、お子さん自身が困らずに済む具体的なコミュニケーション能力は以下の5つです 。
① あいさつや返事がしっかりできる
「おはようございます」「はい」という基本の応対ができるだけで、新しい先生やお友達との関係性をスムーズに構築することができます 。
② 自分の名前の読み書きができる
自分の下駄箱や机、配られたプリントに書かれた自分の名前を認識し、ひらがなで自分の名前を書けることは、学校生活での迷子(混乱)を防ぐ強い安心感になります 。
③ 人の話を最後まで聞くことができる
相手が話し終わるまで静かに耳を傾ける「聞く姿勢」のホールド力は、授業内容の理解や、一斉指示を聞き漏らさないための最大の武器になります 。
④ 約束事やルールを守ることができる
「廊下は歩く」「時間を守る」といった学校全体の規律を理解し、自分の行動を合わせる力の土台となります 。
⑤ 困ったときに、自分から「助けて」「教えて」と聞くことができる
つまずきやすい子にとって、実はこれが最も重要です 。落とし物をして困ったとき、授業が分からなくなったときに、パニックにならず「先生、教えてください」と自分からSOSを発信できれば、学校生活での大抵のトラブルは早期に解決できます 。
参考文献:Gakken こそだてまっぷ
小学校入学前に身につけておきたいコミュニケーション力
| コミュニケーション力 | 学校生活で役立つ場面 |
| あいさつ・返事 | 先生や友達との関係づくり |
| 自分の名前の読み書き | 持ち物管理や提出物の確認 |
| 人の話を最後まで聞く力 | 授業や一斉指示の理解 |
| ルールや約束を守る力 | 集団生活への適応 |
| 助けを求める力 | 困りごとの早期解決 |
「わがまま」と決めつける前に知っておきたい特性の可能性
家庭でどれだけ丁寧に「生活習慣」や「聞く姿勢」を練習しようとしても、どうしても人の話を最後まで聞けずに会話を遮ってしまったり、すぐに他のことに気が向いてじっと座っていられなかったりするケースがあります 。
その際、大人が「どうして何回言ってもできないの!」「やる気がないの?」と、本人の根気やしつけのせいに一面的に帰結させてしまうのは非常に危険です。その背景には、脳の特性であるADHD(注意欠陥多動性障害)の特性が隠れている可能性があるからです 。
- 不注意:
忘れ物や失くしものが多い、大人の指示を聞き漏らす - 多動性:
45分間、じっと同じ姿勢で座り続けることが心身ともに苦手 - 衝動性:
会話を遮って話し始める、思い立ったら周囲を見ずにすぐ動いてしまう
また、園生活では目立たなかったものの、小学校に入学して「文字の読み書き」や「計算」などの本格的な学習が始まった段階で、急激に強い拒絶やつまずきを示すケースもあります 。知的な遅れはないにもかかわらず、読むこと・書くこと・計算することの習得にのみ著しい困難を示す場合は、LD(学習障害)の可能性も考慮する必要があります 。
もし、お子さんが「やりたくても、脳のコントロールが効かなくてできない」状態にあるのだとしたら、厳しく叱るしつけは逆効果になり、二次障害として自己肯定感の喪失や不登校を引き起こしかねません 。
「家庭での関わりだけではどうしても行き詰まりを感じる」という場合は、園の先生や地域の専門機関、小学校の特別支援担当の先生(通級指導教室など)と早期に相談を重ね、「困っている子どもが、どうすれば過ごしやすくなるか」という環境調整(合理的配慮)の視点に切り替えて対処していくことが、何よりも本人の学校生活を救う鍵になります 。
さいごに|元幼稚園教諭が教える「小学校入学後につまずきやすい子」の特徴と家庭でできる2つの準備
小学校への入学は、子どもたちの人生において、生活のルールも人間関係も180度変わる非常に大きくてエキサイティングな「大冒険」の始まりです 。環境のギャップに戸惑い、多少のつまずきや不安定さを見せるのは、むしろごく自然な成長のプロセスでもあります 。
大切なのは、入学前にすべてを100%完璧にできるように仕込むことではありません 。
「早寝早起きができたら、カレンダーにシールを貼ろうね」 「先生に困ったって言えたね、かっこいいよ!」
というように、家庭の中で少しずつのスモールステップに挑戦し、「自分はできるんだ!」という安心感と自信(成功体験)をお子さんの心の中にたっぷりと貯金してあげることです 。
もし入学後に壁にぶつかったとしても、特性への理解を持ち、学校や専門家という周囲の大人がチームとなって適切なサポートの手を差し伸べれば、子どもたちは必ずその子なりのペースで環境に適応し、羽ばたいていくことができます 。
焦らず、我が子の「今できること」に温かい眼差しを向けながら、これから始まる新しい学校生活への期待の第一歩を、親子で一緒に笑顔で踏み出していきましょう 。
Q&A|よくある質問
Q1. 入学まであと数ヶ月しかないのに、まだお箸の持ち方も鉛筆の持ち方も下手で、毎朝なかなか起きられません。焦ってイライラしてしまいます。
A. 全部を一度に直そうとせず、まずはすべての脳の元気の源である「早寝早起き(生活リズム)」の1点だけに絞ってサポートしてあげてください。 お箸も鉛筆も生活リズムも……と大人が焦ってあれこれ同時に注意すると、子どもは家庭が安心できない場所に感じられ、自信をなくしてしまいます 。最も優先すべきは「睡眠」です 。しっかりと脳が休まっていれば、日中の集中力が増し、入学後に学校の授業の中で正しい持ち方を吸収する心の余裕が生まれます 。お箸や鉛筆は、まずは「持つ練習」ではなく、楽しくお絵描きをしたり、美味しいご飯を笑顔で食べたりするポジティブな時間を優先し、できた瞬間にピンポイントで褒める関わりから再スタートしてみましょう 。
Q2. 園の先生から「授業中、少し立ち歩きや、お友達の話に割り込む衝動性が見られます」と言われました。ADHDを疑って受診すべきでしょうか?
A. すぐに病院へ駆け込む前に、まずは園の先生と「具体的にどんな環境や場面でその行動が出やすいか」の情報共有を行い、園と家庭で同じサポート(環境調整)を試してみることから始めましょう。 幼児期の終わり(5〜6歳)は、定型発達のお子さんであっても、脳の前頭葉(コントロール機能)の発達途上にあるため、多動や衝動的な姿が見られることは珍しくありません 。まずは「先生の指示が長すぎて聞き漏らしているのか」「周囲の視覚的な刺激に気が散っているのか」など、行動の背景を先生と一緒に分析します 。「指示を短く1つずつ伝える」「座る席を前の方にして刺激を減らす」といった具体的な工夫(合理的配慮)を試してもなお、本人が集団の中で著しく困り続けている場合に、初めて専門医や発達支援センターへの相談を選択肢に入れるという流れで進めると、保護者の方も冷静に対処しやすくなります 。
Q3. 「困ったときに自分から先生に聞く」という練習は、家の中で具体的にどのように教えれば身につきますか?
A. 日常のトラブルを絶好の「ロールプレイング(練習)のチャンス」に変えて、大人がSOSのセリフをユーモアを交えて教えてあげましょう。 例えば、家の中でお子さんのお気に入りのおもちゃが見つからなくて探しているとき、大人が先回りして見つけてあげるのをグッとこらえます。お子さんが「ない!どこ!」と困り始めたら、「こういう時はね、魔法の言葉を使うんだよ。お母さんの目をじっと見て、『お母さん、おもちゃがなくて困っています。一緒に探してください』って言ってみて?」と、そのまま使える正しいセリフを教えてあげます 。本人がその通りに言えたら、「分かりました!喜んで!」と最大級の笑顔で助けてあげてください 。「困ったとき、パニックにならずに大人に言葉で助けを求めると、一瞬で世界が優しく解決してくれる」という家庭でのリアルな成功体験の積み重ねこそが、小学校の教室で担任の先生に対して「先生、教えてください」と自分から手を挙げて発信できる、最高のお守りになります 。
【注意事項】
本記事は、児童発達支援管理責任者、心理カウンセラー、言語聴覚士をはじめとする専門家個人の知見や経験、学術的背景に基づいて執筆・監修されたものです。子どもの特性や発達の状況、支援との相性には大きな個人差があり、すべての子どもに同様の効果や変化を保証するものではありません。また、本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の診断や医療行為、個別の療育指導に代わるものではありません。実際に支援方法や対応を判断される際は、必要に応じてお子様を普段から知る主治医や専門家、支援機関などにご相談の上、ご自身の判断のもとで参考情報としてご活用いただきますようお願いいたします。



