昨今、メディアや日常の会話でも「アルツハイマー型認知症」や「若年性認知症」、あるいは「発達障害」といった言葉を頻繁に耳にするようになりました。これらに関する社会的な関心や理解が高まっているのを感じます。
筆者は現在、高齢者の短期入所生活介護(ショートステイ)の現場で、看護師および介護支援専門員(ケアマネジャー)として働いています。これまでの経験や学んできたことをフル活用しながら、利用してくださる高齢者とそのご家族の支援業務に携わる日々です。
支援を必要とする高齢者や子どもたちにとって、「診断名」がつくことは、適切な医療や手厚い福祉サービスにつながるための大切な切符になります。しかしその一方で、時としてその「診断名」や「病名」ばかりが独り歩きし、目の前にいる『その人自身』が見えなくなってしまっているのではないか、と感じることも少なくありません。
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目次
この記事でわかること
- 診断名や病名が独り歩きしてしまうことへの懸念と、目の前の「その人」に寄り添う重要性
- 高齢者やスタッフを支える「大切な存在や心の拠り所」に思いを馳せるケアの視点
- 認知症ケアと発達支援に共通する、脳科学・心理学に基づいた「安心感の作り方」
- 行政による指摘やアドバイスに傷つき、涙する保護者の「家族支援」における児童発達支援の学び
- 65歳の節目を前に、分野の垣根を越えて悩みを持つ人々に寄り添う「自分磨き」の本質
現場で大切にしていること|「その人の生き方」と「支え」に思いを馳せる
日頃、介護の現場で私が何よりも大切にしているのは、病気や症状を抱えながらも懸命に生活されている高齢者の方々、そしてそれを支えるご家族やご親族一人一人の「これまでの歩み」や「その人らしい生き方」に寄り添った手助けをすることです。
高齢者の方にとって、心の支えになっているものは人それぞれ異なります。ある人にとっては可愛いお孫さんかもしれませんし、一人暮らしの方であれば、家族同然のペットや、長年培ってきた友人関係かもしれません。支援を必要としている方々にとって、何が「本当の安心」につながるのかを常に想像し、その大切なものを一緒に守り、尊重していきたいと考えています。
また、この視点は共に働く職場の仲間(スタッフ)に対しても同じです。人が働く原動力の根底には、誰しも自分を支え、励ましてくれる存在や大切なものがあるはずです。 もし仲間に何か問題やミスが発生したとき、私たちはつい「本人のスキル(力量)」や「体調」ばかりに目を向けてしまいがちです。しかし私は、「その人を支えているプライベートの環境や、心の拠り所に何か問題が発生しているのではないか」という一歩引いた温かい想いを持つことも、チームでケアを行う上でとても重要だと感じています。
専門知識の解説|高齢者と子どもに共通する「安心感の作り方」3つのアプローチ

ここで、高齢者福祉と児童福祉、一見すると対極にあるように見える二つの分野に共通する「安心感の作り方」について、心理学や脳科学の観点から少し専門的な知識を補足しておきます。
人間の脳や心は、どれだけ年齢を重ねても、あるいは発達の段階がどこにあっても、「恐怖や不安を感じると拒絶し、安心感を得ると心を開く」という共通のメカニズムを持っています。認知症によって記憶や認知機能が低下している高齢者も、脳の発達が凸凹で生きづらさを抱えている子どもも、周囲の環境や人間関係から受ける「安心感」の質が、その後の行動や情緒の安定を大きく左右します。
現場や家庭で実践できる、共通の具体的なアプローチを3つ解説します。
①「感情の記憶」に働きかける非言語コミュニケーション
認知症の高齢者は直前の出来事を忘れてしまうことがありますが、「大切に扱われて嬉しかった」「邪険にされて悲しかった」という感情の記憶(快・不快の記憶)は鮮明に残ります。これは、言葉をまだ十分に理解できない幼児や、言語理解に課題のある発達障害の子どもも全く同じです。 言葉の内容そのもの(言語情報)よりも、優しい微笑み、穏やかでスローテンポな声のトーン、目線を合わせる姿勢といった非言語(ノンバーバル)コミュニケーションを意識することで、脳の奥深くにある「扁桃体(不安や恐怖を司る部分)」が刺激されず、本能的な安心感を与えることができます。
②環境の構造化による「予測可能性」の確保
見通しの立たない状況は、誰にとっても強い不安をかき立てます。発達障害の子どもは、次に何が起こるか分からない空間にパニックを起こしがちですが、これは認知症によって時間や場所の感覚(見当識)が薄れている高齢者も同様です。 「スケジュールを写真やイラストで見える化する」「部屋の配置や物の置き場所を一定に保つ」といった環境の構造化(予測可能性を高める工夫)を行うことで、脳のエネルギー消費を抑え、「ここにいれば安全だ」という環境に対する絶対的な安心感を育むことができます。
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③バリデーション(感情への共感)と存在の全肯定
例えば、高齢者が「家に帰る」と訴えたり、子どもが「学校に行きたくない」と泣き叫んだりしたとき、「家はここですよ」「学校は行きなさい」と正論で現実を突きつける(修正する)のは逆効果です。 まずは「家に帰りたいくらい、今ここで不安なんですね」「学校に行きたくないくらい、嫌なことがあったんだね」と、その行動の背景にある感情をそのまま受け止める(バリデーション・共感)ことが鉄則です。自分の感情を否定されず、丸ごと受け止められたという経験が、「自分はここにいていいんだ」という自己肯定感へとつながっていきます。
高齢者・児童福祉における「安心感」の共通アプローチ
| アプローチの視点 | 高齢者へのケア例 | 子どもへの発達支援例 |
| 非言語コミュニケーション | 穏やかな表情や声のトーンでの関わり | 表情や姿勢による受容的な関わり |
| 環境の構造化 | 部屋の配置を一定にし、見通しを確保 | スケジュールや場所の見える化 |
| バリデーション(共感) | 不安や訴えをまずはありのまま受け止める | 感情の背景を読み取り全肯定する |
分野の垣根を越えて|児童発達支援を学び、家族を支える存在へ
我が国でも、超高齢社会への人口増加対策や少子化対策の一環として、近年ようやく本格的な子育て支援や早期発見の仕組みが始まったように感じています。
しかしその一方で、検診や学校などで「発達に障害があるかもしれませんよ」「支援を行う専門機関は〇〇ですよ」などと、事務的なアドバイスや指摘を受けたことで、まるで自分自身の育て方や、子どもの生き方までもすべて否定されたように感じてしまい、人知れず涙を流すお母さん方に接する機会もあります。 もちろん、早い段階で適切な支援につながり、心から安堵されるお母さんたちが多くいらっしゃることも、現場の人間としてよく理解しています。
だからこそ、家族支援の最前線に関わる自分自身が、高齢者だけでなく子どもの発達についても「正しく包括的な理解」をしておかなければならない──。その強い思いから、私は一念発起して児童発達についても猛勉強し、「児童発達支援士」の資格を取得しました。
記憶が少しずつ薄れていったり、身体が思うように動かなくなってきたりしている高齢者にとっては、「過去の楽しかった思い出」や「愛する家族との生活」が今を生きる大きな心の拠り所になります。
そして、これから荒波の社会を生きていく子どもたちにとっては、たとえどんなに生きづらい世の中であったとしても、「自分が生まれてきたのには絶対に意味があるんだ」「他のみんなにとって、自分はとても大切な存在なんだ」と思える“きっかけ”をくれる大人の存在や、いつでもホッと立ち寄れる安心な場所(サードプレイス)があること。それこそが、何よりの支援なのだと思います。
もうすぐ人生の大きな節目である65歳を迎えようとしている私ですが、これからも仕事の枠だけに囚われず、様々な悩みを抱えた地域の方々に心から寄り添える存在になりたいと、日々自分磨きに励んでいます。高齢者福祉も児童福祉も、根底にある「人を愛し、尊厳を守る」という本質は、どこまでも同じなのです。
よくある質問(Q&A)
Q1. 介護のプロが児童発達支援士を学ぶメリットはどこにありますか?
A. 「人間の生涯発達(ライフサイクル)」という広い視点で目の前の人を捉えられるようになります。 高齢者ケアの現場でも、その方の幼少期の体験や元々の気質(発達の特性)が、認知症の症状(周辺症状)に影響を与えているケースは少なくありません。子どもの発達を学ぶことで、高齢者の方の「人生のストーリー」をより深く理解し、ケアに生かすことができます。
Q2. 家族が「診断名」にショックを受けているとき、周囲はどのような声掛けをすべきですか?
A. 診断名は「その子の取扱説明書」を手に入れるための手段であり、その子の人格そのものではないことをお伝えしてください。 病名や診断名がつくと、まるで未来が閉ざされたように感じてしまう保護者やご家族は多いです。しかし、診断がついたからこそ「本人が何に困っていて、どう助ければいいのか」の具体策が見えてきます。「診断があっても、お母さんの大切なお子さんであることは何も変わりませんよ」と寄り添う姿勢が大切です。
Q3. ショートステイなどの短期利用の現場で、素早く「安心感」を持ってもらうコツは?
A. その方の「お気に入りのもの」や「長年の習慣」を、できる限り施設の環境に持ち込むことです。 いつも使っている枕やコップ、好きだった音楽、お孫さんの写真など、視覚や聴覚から「見覚えのある安心」を配置します。また、ご家族から事前に「これをされると嬉しい」「これが苦手」という細かな情報をヒアリングし、初日から全スタッフで共有して関わることが、短い期間で信頼関係を築く最大のコツです。
まとめ:すべての支援に通じる「人間力」を磨き続ける
個別具体的な「症状への対処」はもちろん大切ですが、それ以上に重要なのは、支援者自身の「目の前の人をどう見るか」という眼差しそのものです。
高齢者であっても、子どもであっても、あるいは共に働く仲間であっても、私たちは「目に見える問題行動や症状」だけで評価されて良い存在ではありません。その背景にある、その人の生き方、大切な思い出、心の支え、そしてご家族の切実な願い──それらを丁寧に汲み取ろうとする姿勢の中にこそ、真の支援が宿ります。
福祉の分野を縦割りにせず、目の前の一人の人間に真摯に向き合うための「自分磨き」を重ねていくこと。年齢に関係なく学び続け、誰かの止まり木のような存在を目指すその歩みこそが、地域社会の中に本当の意味での「安心感」を広げていくのだと信じています。



